谷中「鳥よし」

12月3日夜、谷中「鳥よし」で第一作業班の宴会が行われた。”気の張らない飲み企画”という名目での一足早い忘年会。第一作業班は、別名が食事班、食い物に根性を入れて取り組むチームなので、今回も店選びは真剣。結果、Y賄い班員秘蔵の「鳥よし」となった次第。ホントは余り人には教えたくない店なのだそうな・・・。

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事前やりとりでは「鮟鱇鍋」か「河豚鍋」かで一騒動あったが、両方を2人前づつということで安易決着。予約席には、店のご主人が修行中(といっても、もう10年)の勘亭流の札も置かれ、風情いや増すなり。

 メインの前にカニサラダやニラ玉などを頼んだが、このニラ玉が他店とは全く違う、ひと仕事してある絶品で、思わず追加、追加と。

鮟鱇も新鮮で、いささかトラウマのある庵主老人もアンキモをちょいと食べて納得。他の人からも箸が出たが、K予備役班員(鮟鱇鍋担当)から、必死の待ったがかかる一席だった。

店までの道順が判らず手数のかかったN作業主任、やや遅れて参加のT嬢、そしてともかく食うことに専念するN親方ともども、ラストの雑炊まで大満足の宴会となった。  「鳥よし」は名店なり。                             本来この店は店内禁煙だが(今や日本の常識)、最後のほうでは店のご主人が灰皿をすっと出してくれて、何故かご機嫌だったのも印象的。   

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二次会。谷中をそぞろ散策しながら、すでにY&Kコンビが目をつけてあったらしい店へ。ここで例によってN作業主任が睡眠タイムとなり、T嬢ともども早帰り。夜が更ける。しかして、始まりの頃は『腹がグルグルしてイマイチだ』と言っていた庵主老人が、K予備役班員からもらった富山の整腹薬が効いたのか、元気あふれ、三次会を所望。

第一作業班の源流である「今R阿呆の会」の話など延々と。さらに夜が更ける。この”爺さんのあと引き酒”に付き合った面々には、ちょいと迷惑だったかも。深謝。

『せめて、少なくとも夏の蓼科だけは・・・』というK予備役班員のセリフで散会。庵主老人は帰宅して御礼メールを発信したのが午前2時25分だった。そのあと老人は「ドラ焼き」を食うという暴挙に出て、さらに続きが・・・。家人から夜9時過ぎに『一班の方に日ごろのお礼の意味で、自宅にお呼びしお茶を差し上げたい。来春2月か3月に・・・。』というメールが入っていたのに気付き、その家庭内返信をしたのが、2時49分だった。

第一作業班は山荘歴史の源流なれば、庵主老人を高揚させかつ狂わせるという顛末なり。

では再見。                                           

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