2011年8月アーカイブ

蓼科山荘のこの夏来訪のラストを飾って第一作業班(食事班)が、12日〜15日にかけてやってきた。12日先着はN作業主任。ほぼ同時に予定より早くK予備役班員とY賄い班員。13日午前には列車でN親方とTお嬢。
○13日晩餐の写真
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さて、今回は文字通り食の響宴となった。メインは、鱧と松茸の鍋である。これは昨夏の
「和久伝」に味をしめての再現企画。乾坤一擲の料理人魂版。
しかして他の食材を順不同で並べれば、N主任の自宅放し飼い名古屋コーチンの卵と同じく庭で穫れた枝豆、これ漢字の字義通りのご馳走。 おいしい鮭の切り身ときちんと出汁のきいたみそ汁、たきたてご飯は日本の幸せ味。  神茂のはんぺんと削り器でかいた鰹節醤油まぶしの組み合わせは旨味の極み。  同じく神茂の蒲鉾と礼文島船泊のエゾバフンウニの缶詰めは究極の組み合わせ。   そして、庵主が「美味しんぼ」を読んで希望したイタリア・パロマのプロシュートに勝るクラテッロの生ハムと予備役班員差し入れの赤ワイン、ボルドーの「シャトー・ムートン・ロスチャイルド」 
1993年ものとなればまさに豊穣の競演!  
14日夜のBBQは炭火の威力が鳥肉や野菜の味を引き出し、ちょうど茅野市の?花火の音が絶好のBGMになって、これ一つでも貴重な夏の思いでになるほどのもの。 
ほか昼の掻き揚げとざるうどんの旨味と清涼感。そしてあのラストカレー。ほかに夕飯のあと2夜にわたってテラスで食べた和風デザートの甘みの豊かさ。
そうだ、あのトマトの旨さも忘れてはいけない。主役をくってしまうほどだった。
酒は他に、これも予備役班員持ち込みの焼酎、鹿児島伊佐市の伊佐美と同指宿市の秀水。 それに定番の真澄、ビール、バーボン、ほか。

まったく。すごい。あきれるほどの。
なにかを畏れる心なくしてこの所業は....。
とか言っても飲み食いのときは単なる....。

さて鱧と松茸は、Y賄い班員知り合いの小料理店の主氏が、板前の心意気を示しての調達品。ふっくらとした鱧と、岩手産のおおぶりな松茸。これに主氏が自らとった出汁に薬味まで添えて賄い班員に託したもの。
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みな、うなって食った。「ついに鱧の旨さを舌が覚えた」とN親方がのたまう仕儀に。
締めの雑炊を含め、大満足の晩餐となった。

今回はその名も食事班ではあるが、やはりそこは作業班。草ぼうぼうで、杭と紐の一部が壊れているゴミロードの修復もやった。新たな杭は在庫分の9本。棕櫚の紐も手持ち分だけで新旧入り交じりながら美しくよみがえった。「第一作業班」に乾杯。K予備役班員は、作業定番スタイルできめて、14日午前に親方と作業主任が登山をこころみている留守に一人で、枝の伐採もやった。テーマは、白樺の幹すっきり作戦。作業後の白樺を眺めて自分の仕事を満足げに眺めやる図も....。
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○14日夜のBBQ
この炭火BBQも旨かった。とくに庵主は手羽が気にいって珍しく他人にすすめる始末。旨いものを食い、夜の霊気にいだかれて厳粛な気持ちになりみな無言に....
とは全く成らず、主に予備役班員と親方が醸し出す会話のテイストと笑いが途切れない。
これはもう「定番の会話味」としか言いようがないわけだ。安心して羽目をはずせる?いやもともとの地?それとも山荘関係10年の醸成の味?

第一作業班は今は食事班という別名があるわけだが、元をただせば「阿呆の会」にいきつく。
それが面目躍如な阿呆模様の会話が、蓼科の木立の中に響きわたる宵だった。

ではまた。


夏のヤマネ

蓼科山荘のこの夏のラスト来訪者が帰ったその夜、静けさを見計らったように、またヤマネがやってきた。久しぶりにカエサル(塩野七生;ローマ人の物語)を読んでいた深更、微妙な物音に気づいて室内あちこちの照明をつけると、いた!、ヤマネが.....。
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驚き。ちょうど直前の第一作業班(食事班)のN親方だったかから質問があった。「最近ヤマネは来ないんですか?」と。答えて小生曰く『夏にはヤマネは来ない。何故なら山に食べ物があるから。彼らが来るのは、冬眠に入る前の晩秋か、冬眠あけの春だよ。』このまことしやかな説明はおおウソだったことになる。わお。
しばらく室内を散策したヤマネは、吊り下げてあった唐辛子を齧るそぶりなどしたあとに、開け放ったガラス戸から、するりと外の闇へ消えた。  さてこの山荘は比較的密閉度の高い構造だが、木造であるので、どこかにヤマネルートがあるのだろう。それは謎のまま。ともあれたびたびのヤマネ来訪に思う、この蓼科山荘は、別名「ヤマネ山荘」だと。
また気が向いたら来てもいいよ、とほのぼの気分の夜だった。

ミニ分会がふた組

ひとつめの分会は、8月6日〜7日にかけての森君と手崎君。これはASTELの企画の流れ。7日にふたりが別々に車でやってきてゴルフ。翌日もゴルフ。夕飯どきの会話も、ま、ゴルフ。「ゴルフな人たち」の標準パターンなり。みんなが集まれるといいね、の思いをこめて散会。
手崎君の親戚のご子息がこの夏の甲子園に出るというのが印象的な話題なり。
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○次の分会は、有賀君と片野さん。これは9月に本番企画がある第二作業班の臨時企画。伊那での社業やほかが多忙の有賀君、海外あちこち(シチリア、パリほか)帰りの片野さんという組み合わせ。こちらはゆっくり晩餐&会話、会話、会話。さながら「語らい塾」のような趣き。久しぶりに2階のコーヒーテーブルも活用された。
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特筆すべきは、9月の本番企画も参加出来ない村井君(屋根のソーラーガラス磨き担当!)と、スカイプで香港と生映像&会話がなされたこと。いとおかし&楽し。
別れ際には片付け担当の片野さんの傍らで有賀君はテラスの美化。さすが作業班。このテラスの今の色は、いろんな意味で「有賀ブルー」と命名された。
9月23日からのの再会を約して、別れ。一人になった山荘の午後、去りゆくこの夏への感慨あり。都会はしみじみ感などおよびでない猛暑らしいけれど。

明日からは、この夏の蓼科山荘ラストの第一作業班(食事班)がやってくる。


広研、そして名古屋組

夏蓼科の第一陣として、W大広研が7月26日に来訪。船越、吉田、高野、降旗、寺尾の各位。
例によって2日間ゴルフプレイ。1日目は寺尾君、2日目は吉田君が勝利。勝ってもあまり嬉しそうでない吉田流が面白い。それにしても、高野さん差し入れの刺身&鮮魚は、それだけで全員が満腹になる量で、さすが御大尽。  28日夕刻、次回を期して別れ。
『また来年ね』というセリフがしみじみした響きを持つ世代になった。

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○名古屋組
7月30日〜31日は名古屋組。西川君が山荘内外に張りめぐらす「虫除け結界」が定番。彼が来ると最新の防虫剤動向が判るという次第。ともあれこちらも2ラウンドゴルフ。西川&辻は真剣な握りなり。中尾君を加えたこの名古屋組は気の合ったトリオでなかなか愉快。違った個性&綺麗好きも微笑ましい。
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小生が別れに贈った言葉は『3人とも中善人だ。今後もその道を。』である。せっっかくいい案配なので大善人にはなるなよ、という意味も。名古屋での秋の再会を約す。味噌煮込みうどん10食の差し入れあり。当分夕食はこれなり。
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