第1作業班の最近のブログ記事

栗の木の家.JPG8月12日~14日にかけて第一作業班が来訪した。小生は滞在中。今回は例のW大同期の来訪と順序が逆になってしまって・・・。

それと今回はN作業主任、F元シェフ、Kシェフ代行の3人が都合で来られず、Y賄い班員が臨時シェフ代行となり、久しぶりのTY姉、5年ぶりのTS嬢・・・。作業班流れとしてはN親方とK予備役班員という面々。さらに、唐突にお誘いしたM商事の前田さんが13日の夜のBBQに参加し、思い出話の夜となった。

さて来訪の5人は高速道のお盆混雑を避けて「特急あずさ」でやって来た。列車に乗ったのはちょうど昼ごろだったが、N親方が「列車が動き出すまでは弁当を食べることを禁ず」とか指令を出し、楽しいひと悶着があったらしい。修学旅行気分で茅野駅へ。駅からはレンタカー。

以下は写真集&ちょっとコメント。

○まずはK予備役班員からのおみやげ。(ワインは小生が『なにか美味しそうなモノを・・・』と希望出ししたらしい?)。 それが特別なひと瓶となった。オーパスワンの大瓶! そしてイチローTシャツ。MLB記録の262安打の数字入り。わお。 いつもながら予備役班員の丁寧さには驚かされる。このオーパスワン大瓶はひと苦労して運び込んできたものらしい。特別な日のために・・・。 オーパスワンとTシャツ262.JPG○さっそくTシャツはイチローコーナーに展示

 

さて到着早々に小生が「里山風伐採」についてN親方に説明すると、買出し部隊を尻目に一人残った親方は、鉈を腰に差すお気に入りスタイルで、早速猛然と伐採を始めた。小生が大汗かきながらチマチマやっていたのとは切る大胆さ?が違う。もうこの人の快感世界かも。『かつては"緑の魔境"とか言って面白がっていたけれど、やはり木々や草木のためにも、見た目にも「里山風」が断然良い』と思いが一致。

○親方の得意スタイル。 そして右は買い物帰りにさっそく支え役となる予備役班員。

親方の雄姿.JPG

例のコンビ.JPG

12日夜の部の始まり。

○外では火熾し 炭熾し.JPG

○内では準備に入る「賄い3嬢」 賄い3嬢.JPG

 第一が「作業班兼食事班」となってきて久しいが、今回も前夜祭から力作。メインは今や前泊時の定番となりつつある「あさり大根」だが、そのほかに、手羽の炭火焼き、薬味充実の奴、TS嬢のあっさり小腹伺い・・・などなどがあり、更に特別出演みたいな「蒲鉾のウニ詰」もついに登場。(なんといっても、神茂の蒲鉾と礼文島のウニの組み合わせが、千両役者の競演の趣。)

○あさり大根鍋

アサリ大根08.JPG

上の写真は撮影データのごとく1年前の08年8月8日のもの。

下が今回。

アサリ大根鍋09.JPG

いかにも定番なり。これは購入時に店の亭主が丁寧にアドバイスしてくれ、大根は茹でておいてくれるという手間ものなり。粉山椒と実山椒も用意されて、梅安と彦さんもかくやという旨さ。蓼科の夜の涼風に似合う。

○次は待望の蒲鉾ウニ詰。切り取った貴重な残りの蒲鉾は、残ったウニに和えて供す。

ウニ蒲鉾.JPG

○豆腐の薬味が6種類

薬味だけでも6種.JPG

 美味と美酒に酔いしれた夜が明けた翌13日は、全員ややけだるい朝。しかして小生とT姉とは前田さんとのゴルフに向かう。あの宴のあとのゴルフは"古希唱え"の庵主にはちと酷だった。残りの面々はゆっくりと昼温泉に。今回は(先に第二作業班が新たに試行して好評の)唐沢鉱泉。数百mの登り坂をレンタカーはローギアであえいで走破したらしい。馬力の有る車が必要。ともあれここ好評なり。

○夜のBBQの前に「虫除けパッチ」でポーズの3嬢。虫は寄り付くまい。いやなに・・・。 虫よけパッチ.JPG○食材いろいろ。サザエ、ハマグリ、車海老、とうもろこし。前田さん用に手羽再び。別メインはダッジオーブンでの丸ごとキャベツ包み豚肉煮込み。食の競演。そしてオーパスワンも登場。

サザエの壺焼き.JPG ハマグリ.JPG 車海老とトウモロコシ.JPG

○ダッジオーブン料理は大変な手間。火と鍋との連係プレー。その分、おいしい。 上下から火.JPG

 

キャベツ豚肉.JPG

賑やかに、楽しく、美味しく、夜は更けていった。    遠くに花火の音・・・ 。

○前田さんと記念写真

前田さんんを迎えて.JPG

大方が核家族化している現代の都会家庭では、ついに実現不可能な晩餐であろうか。

宝石のいっとき。

 

○伐採した木と枝を背後に記念写真。どっこい「作業班」も健在なり。

伐採職人の成果.JPG

今後は土木は設計にまわり(実作業は第三作業班か)、庭職人への道を歩むことになろうか。庭に木漏れ日差す。裏の道も含めて陽だまりが出来た。ニセアカシアをさらに9本ほど切ることにした。その様子を見てから更に枝の伐採へ。

(余談だが、当山荘のサッパリ風景に影響されてか、道をはさんだ前のお宅も、チェーンソーの音が響き渡った。)

○作業班の第一記念碑である裏周りの枕木道も、湿った木陰道から陽だまり街道へと変貌した。

陽だまりの裏道.JPG

2泊3日のなかに、来訪各位の思いがぎゅっと詰まっていた。

第一作業班は健在なり。 『年月とうまく寄り添いながら』、進化を遂げている。

素晴らしいことであろう。 

唐突だけれども、みんなでSeattleに行けたらいいなあー。自称古希の夢。

 

 

 

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7月8日夜、根津の「はん亭」で、第一作業班の復権を期す宴が行われた。

参加はK予備役班員、N親方、N作業主任、Y賄い担当などの常連のほか、病い回復中のFシェフに久々のT嬢、それと第三からK君、そして小生とほぼフルメンバー。

これだけの顔ぶれだと談論まことに風発。作業班としての数々の思い出話、K君の半畳。Fシェフの遍歴話。N親方とK嬢の珍妙な掛け合い(文字通りチンの話)。そして過去の上海、蘇州、台湾旅行のおかしかったあれこれ・・・。K予備役班員も別次元に入り込んで、仕事世界の面影無し(こういう表現が正しいのか)。ともかくこの席では、それが"さまになって"いて・・・。

他愛なく話があちこちに揺れ動き、それぞれが仕事世界でかかえる煩いは、「はん亭」の吹き抜けの彼方へ飛んでいった。いくたの時空を共にしてきたという共感が、「軍団の結束」のごときものを呼んで、とても楽しい時間が流れていた・・・。

現実の『復権』については、山荘川べりの工事予定囲いを「いずれいずれの夢にする」というあたりの落ち着きようが妥当な現実認識。しかしそれとは別に先ず「かまどを作る」という案も浮上。如何になるや・・・。

さてタイトルの事だが、ちょうど1年前の7月6日は神楽坂の『松太亭』。今年2月には上野の『韻松亭』。そして今回『はん亭』。『亭』と第一作業班はよく似合うということかも知れない。いずれにせよ「復権の先」が楽しみである。

みな予備役風味になってきたとはいえ、代わりに重ねてきた"純粋阿呆"の歳月が貴重な味になっているわけだ。

5月29日~31日にかけて、第三作業班に第一の3人が参加する合同企画が行われた。第一からはリハビリ中のFシェフと付き添いのK予備役班員、Y賄い班員。予備役班員は下界ではエライさんなので、今回の「混じり具合」にいささかの懸念が事前にはあったのも事実。しかし杞憂だった。結果としては『ぬくもりの交歓』となった。山荘の環境が(それが非日常であるゆえに)人の心を純にする、浄化する、童心に還らせる・・・そんな効果が元々の人間素材とあいまって、ほのぼのとした笑いの時間が流れていた。

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前泊は小生と木村じゅ君、たまえさん。歓談尽きず就寝は30日午前3時半。翌日には三々五々集合。築地組の志文&上田さん。大阪から西山シェフ。初参加の白谷(シラタニ)君車で山本卓君と岸下さん。前泊組は今回初めて「原村の農業実践大学校」に行ってみた。山荘とは直線距離ならごく近の所にある。ここの直売所は利用価値あり。自由農園に拮抗。かつては華だったAコーポの影がますます薄くなりそう。いまや"思い出のAコーポ"に。さておき今回は作業は無く、かわって「三班備品」のテラスセットを出し、BBQコーナーのテントも設営。夏支度。あいにくの雨模様だったが・・・。その雨の合間に小川を渡った谷間に割く「山フジの群落」を観た。人知れず咲いていた。誰が見ているかを問わず、己が美しいか否かを問わず、ただ咲いている。まぎれの無い実存と言うべきか・・・。

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料理のメニューは盛り沢山。定番の鯛の塩釜。車海老塩焼き、湯葉湯豆腐、ハラス焼き、ピーマン焼き、きんぴら、箸休め野菜、ほかほかほか。更にFシェフのラタトーユ風。

キッチンも普段に増して大賑わい。

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○鯛をきれいに開いたのは、写真の人では無かったような記憶・・・。

食べ、飲み・・・ラストは農業大学校のアイスクリームでで締め。途中そういえば「真澄のぬる燗」ではY賄い班員が木村じゅ君を脱帽させた一幕もありました。

冒頭にも書いたけれど、今回、合同することで新しい発見が生まれ、楽しい交歓が生まれ、豊饒とも言える時間が流れていた。集う面々は多少阿呆なところもあるわけだが、それが味となり純化されて、まぎれもなく"良い時間"を持てた。集う人の胸に"無形の何か"がたまっていった。それだから、チクタクゲームは笑いと涙・・・。(タクさん、お疲れさま。)

臨時参加のFシェフが帰途の車中、『みんないい奴さ。あったかい奴らさ。』と繰り返し言っていたとのことだが、彼の今の魂が観たものはおそらく正しい。彼我のために、作業班のために、ホント良かったと思う次第。

またお会いしましょう。

第一作業班も原点としての誇りを胸に〔復活ののろし〕を上げる由、慶賀です。

(この稿は、次の稿「好敵手に助けられる」予備役班員:とセットでお読みください。)

○写真集(飯田くん、湯豆腐セット御礼です。)

 

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好敵手に助けられる

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週末はあいにくの雨模様でしたが、Fシェフ、Y賄い班員を同道しての
久々の山荘行き。
高速道路1000円の影響で混雑か?と心配していましたが、
ここは雨天に助けられたか、極めて順調に諏訪南に到着。幸先良し。

今回は第三作業班のみなさんにお願いをしての合同企画。
到着して聞いてみると総勢12名になるとか。いつも2パーティの確保も
容易でない我々から見るとうらやましい限り。昨年には庵主さまから
いまや"予備役"との異名をいただいた第一作業班の一員としては、
勢いの差を実感。主軸メンバーの病気欠場を見るに、
2~3年前の巨人ってこんな感じだったのかとも思う。

このロートル組も「単なるお客にはなってはならぬ」との庵主様の指示があり、
リハビリ中のFシェフを筆頭に買出しにでかけ、地元食材の野菜スープを作る。
料理を作り始めるとどこか遠慮気味だったFシェフも本領発揮となり、
「こんな切り方じゃ、ダメだ」とエンジンも全快に。
注文をつけられた当方もFシェフの回復ぶりに接し、嬉しくなる。
課題を与えていただいた庵主様に感謝!

 

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とは言え、今回は第三作業班に完全におんぶに抱っこでお世話になりました。
あれだけのメンバーが、ひとりひとり役割を考えて、動いている姿に感激しました。
「気がつくと、誰かが消えて、さぼっている第一班とはえらい違い」
とのY賄い班員の弁。確かに納得。

いつもブログ写真で見ていた鯛の塩釜蒸しも絶品でした。


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車えびの炭火焼、豆腐鍋、キンピラ云々とどれもおいしい。
他人の飯は食べてみるもんだ。大いに満足、大いに刺激を受けました。
人数が多いと大変な品数もあっという間に平らげられていく。
「昔の家族の食事ってこんなもんだったんだろう」とは面々を眺めての庵主様のコメント。

 

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山荘の空気とメンバーの心遣いに心と体のリハビリができました。
ありがとうございました。


第一作業班は、復活の狼煙を上げるべく、新橋辺りで暑気払いをやりましょう。

 

蓼科山荘の開設は2000年1月。翌2001年からは沢山の来訪者があって、あのピカソカレンダーも色んな笑顔であふれていた。

一転2009年、家人はたまに行くけれども、客人来訪者はめっきり減って、このブログもほぼ2ヶ月ぶりに書いている。あの山ツツジは今年も咲いているのだろうか。小川の先の谷間にひっそりと、しかし毅然とした姿で・・・。 山つつじ.JPG

来訪者が今年減ったのは、例の"100年不況"も少し関係あるのだが、それよりもこの10年のなかで、定番メンバーの上に降り積もった歳月の故である。病いを得た者、異動になった者、環境が変わった者などが一度にどっとやって来た。加えて不況で遊び心が湧かない者・・・。とりわけこの傾向は、あの栄華を誇った「第一作業班」に顕著だ。思えば「作業班の歴史」という記事を書いたのは、その凋落の予感だったのかも知れない・・・。歳月が降り積もっている。

山荘庵主自身が『粘れ、精神』などと自身に気合を入れている昨今ではあるが、ついでに今思う。そうだ『粘れ、山荘』。10年の思い出を糧に、新たな憩いの舞台になれ。

5月29日~31日にかけて「第三作業班」が来訪する。ここにもいくつかの変化があったが未だ元気印。そしてそこに「第一作業班」から、病気リハビリ中のFシェフがK予備役班員、Y賄い班員とともに参加する。初めてのというか、よんどころない仕儀による合同企画。第三の料理主任は、Fシェフに築地を教授されたという関係でもある。山荘の縁。

楽しい集いになるといいなあーと強く思う。そして再び蓼科山荘がそれぞれ思いを乗せて「第二ステージ」に向かって歩み出すのを期待を込めて願っている。

筆者自身に向けてだけでなく、各作業班員に改めて告ぐ。『粘れ、精神』。

 

 

 

上野公園にある「韻松亭」で、第一作業班の少し遅れた新年会が行われた。

2月6日午後6時30分集合。

韻松亭.JPG

集まったのは、K予備役班員、N親方、Y賄い班員、それから客員で第三作業班のKリーダー、そして小生の5人。N作業主任やK賄い班員が仕事の都合やらで欠席となり、T姉御も直前に出張が入って来られず・・・。残念。

風雅な座敷で河豚料理を堪能するなか酒もすすみ、談論風発。声音も次第に高まり、この会がかつて「阿呆の会」と呼称していたのもむべなるかな・・・の風情となった。韻松亭の帳場では『今日は一組かまびすしい客が居る』と話題になったかも。

「この席にF主任シェフが居ればなー」としんみりする時間もそれなりにあったものの、エスカレートする勢いで2次会、3次会へ。解散は深更というか築地人なら起きようかという時間になった。ちょいとくたびれはしたが、楽しい時間だった。蓄積した「第一としての歴史」がなせる業であろう。

各位の手持ちの状況から次回作業班企画の日程は未定だが、今回欠席の人も含めての蓼科での再会がつつがなく行われることを期待している。しかしその時も「作業班」としては手本を示す程度で実働は第三にゆだねる・・・という姿になろうか。時が流れている。わずかな哀歓。

まったく唐突に、「この手のメンバーでSeattleに行ってイチローも観たいな。」という思いが湧く。思えば山荘開設前の阿呆の会はよく海外旅行に行ったものだった。(M商事のMさんに世話になって)。これも実現の具体的なイメージが、今は、無い。儚い夢とまでは言わないけれど・・・。(Seattleの事はまた改めて。イチローへの稿とともに。)

さて再び。時が確実に流れている。班員のそれぞれに降り積もった歳月がそこにある。それでも時の重りを乗り越えて[FシェフがN親方に炭火の熾り具合を大声で尋ねるの図]は実現せねばなるまい。その時、班員それぞれの時間が数年巻き戻される。"働き者"の予備役班員が笑う。賄いチームが活気づく。旨い晩餐と他愛ない会話への期待がふくらむ。夜が香る。

ひとときの山荘マジック・・・・。

 

kineusu.jpg

 

正月、恒例の一家企画(山荘で家族全員和服に着替えて百人一首)は、今年は頓挫。

近所の神社に参拝。 さておき山荘来訪者の皆様、新しい年もご愛顧あれかし。

この09年の経済環境は、なにやら「価値観回帰」の予感へつながるものですが、

もともと山荘来訪者の多くは『滞在時価値観回帰』なので、格好のつながり。何が。

さて来訪第一弾は1月末の餅つき企画。SHOPチーム(第三作業班)に第一のN主任とか混在する段取り。これまで冬の餅つきは何度か行われているが、いくつかの失敗体験もある。なんと言っても前夜の手はずが大切なわけだが、過去最大のミスは「もち米をお湯で洗った」こと。なにしろ水は文字通り"手を切る"ほどだから、気持ちは判るけれど・・・。

今回は「旨い餅をつく」そして「食らう」それから「温泉」夜は「しみじみ酒」。回帰タイムなり。

そして、あの山つつじが裏の流れの斜面に咲く、遅い山の春を想う。

山つつじ.JPG

 

後発組3名(N親方、K賄い担当、N主任)は、双葉SAを前にして空腹感が増していた。その時、山荘の予備役班員さんから携帯に着信。『双葉に寄るなよ~。』

こちらのシンプルな行動パターンは、見透かされているようである。

空腹を横に置いて先を急ぎ、21時半に山荘着。

 

お邪魔するなりTシャツに着替え、気分は開放モード。

毎回、この瞬間がなかなかいい感じ。。。テーブルのオデン鍋(コメント参照)は、素材の味が活きたなんとも優しい味で、一気に無くなっていく。

横では庵主様が「なんか火番みたい...」と発しながら薪ストーブの火を強めておられる。そこに予備役班員さんが栗を入れ、これまたコメントにある素朴な焼栗が完成。

冷酒、温燗、会話が進み、「畳の上の布団」で横になる。

 

しっかり食べて、火の近くで寝るという、本能的に満たされる夜。

こうして山荘は、最初の晩に「作業班」を「食事班」に引き込んでいった。

第一作業班の"復権をかけた"秋企画が10月10日~12日に行われた。

例の本格大工事は、小生が『ま、ゆるゆると・・・。』と言ったせいもあって

今回企画では先送りとなり、一方で充実の「食企画」が進んだ。

前泊夜の(というより第一陣は夕方からの)食の饗宴。神茂のオデン。素材の味しみじみ。

スープも旨いもので、銀座のナニヤラ店より、よっぽど優れモノ・・・という声。

環境のせいもあるけど。

(翌日昼間は久しぶりに参加の森井さんも加わって、ゴルフ。小生はやる気もショットも散々。)

夜、事前にメールが乱れ飛んだ「アクアパッツア」と自由農園野菜スティック。これは始まり。

七輪担当と賄い組がフル回転。 期待の歓声、夜のしじまに響くなり。

メインはダッジオーブンで作った鳥とキャベツ。松茸。ラストには味の総合雑炊・・・。

K賄い担当の大技、小技・・・。

食えば満足。全員、とてつもなく早寝。太平楽。ラストの2人が「2次会」で飲んでいたのが10時!

翌朝は、目覚めてついに「作業班」。原案とは別のゴミロードの杭と棕櫚縄張り。

とりあえず片側。アカシアを巻き込んだ奇妙な曲線。未完。

その記念写真を撮って今回は解散となった。

進化の歴史である第一作業班は、今、改めて「食の研究班」への道を歩み出そうとしているのかも知れないという感慨。 食の方の進化が目覚ましい。  はたまた・・・。

ともあれそういう思惑とは無関係に、蓼科は静かに秋を告げていた。

○ 火熾し。テラスの下から吹く新「カッシー」方式。 

V火熾し.JPG

○ 杭の孔あけ(電動ドリルの替え刃購入)

V杭の孔あけ.JPG

○ 賄い班員

V賄い班員.JPG

○ 記念撮影

記念写真.JPG

紅葉はもう少しあとなのだが、また秋がやってきた。自然のゆるぎない営み。

栗の木はもう実を落とし、あとは落葉が残るのみ。はらはらと散っている。

晴れた朝の気温は1~2度くらい。室内が22度くらいに保たれているから、温度計をみて驚く。

夜も我慢できない寒さではないが、ストーブを燃やして「Tシャツ状態」に・・・。

部屋が暖まり過ぎて、冷気が欲しいとガラス戸を開ける者もでる始末。

「これって、ゴアさんが怒鳴り込んでくる所業だね」という会話。「しかし石油ストーブとかより自然にやさしいのではないかい」と自らで弁護したり・・・。

ともあれ秋は来た。

○朝7時半の気温

V気温2度.JPG

○栗の老木の実り この秋に.JPG

○これは買ったもの V秋の味覚.JPG

 

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