第3作業班の最近のブログ記事

餅つき3人.JPG恒例となった第三作業班の餅つき企画が、12月11日~13日にかけて行われた。この班はホントに餅つきが好き・・・。

●「先輩顔」 

前泊は馴染みの木村じゅ君、大野君、木島君に加え、若手の高原君が初参加した。大野号で夜10時半ごろ到着。さっそく餅米を冷水で研ぐのだが、ここで先輩諸氏が、いかにも長年の"経験者"として、あれこれT君に指示する様子が微笑ましかったし新鮮でもあった。〈人は後輩に指示することで己を自覚し、誇りと喜びを感じるものである〉というような感慨。ともかく一人まったくの初参加がいることで、場の力学のようなものの変質が面白かった。3時に就寝。

 

●「じゅじゅ君の希望叶う」 

12日昼頃には翌日組が合流。電車で茅野駅の西山君と山本卓君。築地組の高森さんと上田さんはあのオープンカーで颯爽と・・・。6キロも米を5回に分けて搗いた。最初は小豆の餡で、次は大根おろしで昼食代わりに沢山食べた。餡良し。地元の「ねずみ大根」は激辛。さてラストの2回で今回「青海苔」と「小エビ」に挑戦。特に「小エビ」はK君の積年の願望。これが想像を超えた大好評。カッパエビセンの餅版といったところ。♪やめられない、とまらない。  念願じゅじゅ、ならぬ成就!

○餅つき3点  このあとちょっと「ゴミロード」の美化もやった。

餅つき卓&.JPG 

餅つき5人.JPG

 

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●「豪華さ増す晩餐」 

作るほうも食べるほうも欲望のレベルが上がってしまっている。定番の鯛の塩釜は登場したが、コレは今やメインの一つになり、今回はダッジオーブンでの野菜根菜料理も登場。さらに鱈ちり鍋もひかえるという飽食仕立て。その間に大振りの海老の塩焼きと焼きハマグリも出た。そしてラストにはストーブ目玉焼きまで食べた・・・。いかなる所業か。

ダッジオーブン.JPG

●「料理主任の喜び」 

西山シェフに代わってここのところ料理主任となった志文さんは『旨いと喜ばれる料理を作る』という世界にのめりこみつつあるかも知れない。純粋な他人の喜びはほぼ同質に自分の喜びでもあるからだ。"とぼけた風味"の助手Uさんを乗せて使い、 "隠し味風味"のシェフの助言も取り入れながら大健闘。皆がおいしいと言って食べる姿を眺めながらの一服は至上。禁断の味。次回はダッジオーブン料理が進化する・・・。

キッチンの2人.JPG

 

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○短い滞在を覚悟でかけつけてくれた卓君は夕刻、温泉組とは別に一人残って火熾しを担当。その後、夕飯は無しで大阪へ。

 

一人卓.JPG ●「流れ星そしてストーブの炎」

 いかにも欲望人間らしい飽食のあとで、ちょうど極大期を迎えつつあった『ふたご座流星群』観察のため戸外へ。それぞれにいくつかの流れ星を観ることが出来た。零下の寒気。文字通り満点の星空。圧倒的なスケール。ため息のような歓声。一歩だけ縄文人に近寄ったいっとき・・・。部屋に戻って今度はマキストーブの炎を見つめる。幻想的なゆらめき。再び声は無い。無言の対話。見つめ続けて飽きない。冷えた身体に暖気が心地良い。人智をはるかに超えたものに出会って少しだけ琴線が弾んだような気分。そして思弁の眠り・・・。至福の時・・・。

山荘夜景.JPG

 

 ●「クリスマス飾り」

 今回、自宅で長年飾ってきた手作り『クリスマス飾り』を山荘に飾ることになって、その設置担当は木島君。この手のことは彼(とじゅ君)の専売になりりつある。彼がなんらかの閃きで最適な電源を見つけてくれたおかげで、設置は事前の予想よりずっとスムーズに進んだ。この飾り、色々な意味で大好評だったのは嬉しかった。考えたこと【伝承】は成った・・・。

(写真は、自宅での飾りつけの時のもの。)クリスマス飾り.jpg.K君は昔はちょっとワルで、異端の中に「自己認証」を求めていたらしいのだが、今は日常の普通な振る舞い中でそれを追う。道よ開け。

●「ゴルフ第三班も」

 帰りの日、それぞれが自発的に(作業班の特徴)山荘が綺麗になりEqual or Better の見本。庵主の依頼のガラス磨きもこなして、余韻のコーヒー。そんななかで『第三・ゴルフ企画も本格的にやりたい』との申し出があった。晩春にはそれが実現か。

こだわりの食材、満天の星、ストーブの炎、おまけで童心の"虹"。

自然というものに抱かれたような時の流れだった。

 

 

 

11月20日~22日にかけて、第三作業班名目でのゴルフ来訪があった。

いまや常連の木村樹紀君、高森志文さんに加え、木村君が飲み屋で山荘の話をして来訪希望となった山邊昌太郎君(92年入社のRのOB)。

 ○ゴルフポーズの3人 NEC_0203.jpg

木村君は、先にチャリティゴルフに出る破目になり、急遽山荘でゴルフ特訓をしたその流れ。その時一緒だったのが転勤環境のおかげで「この際ゴルフを上手くなりたい」願望の志文さん。それに山邊君が加わったわけだ。

蓼科の最低気温はマイナス3度くらいで最高は7~8度。厳しい寒さを覚悟していたが、晴れて微風だったので、それなりに快適ななかでのゴルフとなった。庵主も2日間付き合ってしまった。⇒2日目、ゴルフ場のフロントが『生嶋さん、今日も晴れなのでプレイする事になりましたね』と、おっしゃる。雨だと来ない・・・は定番であるらしい。

ゴルフの結果あれこれは省くが、話題になったのは「オリンピック」。木村じゅ君が『ルールが良く判らん』と言い、2日とも負けた結果『このルールはハンデがあってしかるべきだ』と言い出す始末。負けず嫌いな一面がのぞいておかしかった。ともあれ春というか初夏の蓼科再戦を約して散会。

テラスのテーブルセットの収納やBBQコーナーの冬支度、マキの補給などミニ作業も行ったが、今回帰路での特筆すべき話題は〈作業班に対する庵主の家人の認識〉という積年のテーマ。

家人サイドでは「昔の上司から頼まれて、やむなく色々作業をする破目になっている作業班の人たち」という常識的な認識から抜け出せないままであるらしい・・・という話題。たしかに・・・。小生もこのブログでかつて『世間の人が聞いたら???という所業であろうか』と書いたことがあるくらいだから、作業班というのは不思議な存在に違いない。

『山荘に作業班が来る』というと、たいていの人の反応は、一瞬遅れる。(えーと、それは・・・。有料? 何かの団体? あの別荘は会社の寮か何かでその研修?・・・。)と思考が巡って反応が遅れるわけだ。そして、あいまいに微笑んでいただける。そういう存在。

蓼科山荘作業班、ネーミングは変哲も無いけれど、その存在は文字通り 『進化の不思議』である。これからもその「常識を超えた存在」の進化が続くことを願っている。山荘に来訪した人たちの、とりわけ作業班の人たちの笑顔がいつもまぶしいほどだから。静かにストーブの炎を見つめているだけの時間が豊饒だから。笑い声が弾けているから。あえて言えば縄文人に近づいたような気分だから。

ほんのりとした気持ちで、進化の流れを想う。

純粋とも言える交流を想えば、歓喜。

定めなき行方を想えば、わずかな哀感。

5月29日~31日にかけて、第三作業班に第一の3人が参加する合同企画が行われた。第一からはリハビリ中のFシェフと付き添いのK予備役班員、Y賄い班員。予備役班員は下界ではエライさんなので、今回の「混じり具合」にいささかの懸念が事前にはあったのも事実。しかし杞憂だった。結果としては『ぬくもりの交歓』となった。山荘の環境が(それが非日常であるゆえに)人の心を純にする、浄化する、童心に還らせる・・・そんな効果が元々の人間素材とあいまって、ほのぼのとした笑いの時間が流れていた。

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前泊は小生と木村じゅ君、たまえさん。歓談尽きず就寝は30日午前3時半。翌日には三々五々集合。築地組の志文&上田さん。大阪から西山シェフ。初参加の白谷(シラタニ)君車で山本卓君と岸下さん。前泊組は今回初めて「原村の農業実践大学校」に行ってみた。山荘とは直線距離ならごく近の所にある。ここの直売所は利用価値あり。自由農園に拮抗。かつては華だったAコーポの影がますます薄くなりそう。いまや"思い出のAコーポ"に。さておき今回は作業は無く、かわって「三班備品」のテラスセットを出し、BBQコーナーのテントも設営。夏支度。あいにくの雨模様だったが・・・。その雨の合間に小川を渡った谷間に割く「山フジの群落」を観た。人知れず咲いていた。誰が見ているかを問わず、己が美しいか否かを問わず、ただ咲いている。まぎれの無い実存と言うべきか・・・。

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料理のメニューは盛り沢山。定番の鯛の塩釜。車海老塩焼き、湯葉湯豆腐、ハラス焼き、ピーマン焼き、きんぴら、箸休め野菜、ほかほかほか。更にFシェフのラタトーユ風。

キッチンも普段に増して大賑わい。

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○鯛をきれいに開いたのは、写真の人では無かったような記憶・・・。

食べ、飲み・・・ラストは農業大学校のアイスクリームでで締め。途中そういえば「真澄のぬる燗」ではY賄い班員が木村じゅ君を脱帽させた一幕もありました。

冒頭にも書いたけれど、今回、合同することで新しい発見が生まれ、楽しい交歓が生まれ、豊饒とも言える時間が流れていた。集う面々は多少阿呆なところもあるわけだが、それが味となり純化されて、まぎれもなく"良い時間"を持てた。集う人の胸に"無形の何か"がたまっていった。それだから、チクタクゲームは笑いと涙・・・。(タクさん、お疲れさま。)

臨時参加のFシェフが帰途の車中、『みんないい奴さ。あったかい奴らさ。』と繰り返し言っていたとのことだが、彼の今の魂が観たものはおそらく正しい。彼我のために、作業班のために、ホント良かったと思う次第。

またお会いしましょう。

第一作業班も原点としての誇りを胸に〔復活ののろし〕を上げる由、慶賀です。

(この稿は、次の稿「好敵手に助けられる」予備役班員:とセットでお読みください。)

○写真集(飯田くん、湯豆腐セット御礼です。)

 

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好敵手に助けられる

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週末はあいにくの雨模様でしたが、Fシェフ、Y賄い班員を同道しての
久々の山荘行き。
高速道路1000円の影響で混雑か?と心配していましたが、
ここは雨天に助けられたか、極めて順調に諏訪南に到着。幸先良し。

今回は第三作業班のみなさんにお願いをしての合同企画。
到着して聞いてみると総勢12名になるとか。いつも2パーティの確保も
容易でない我々から見るとうらやましい限り。昨年には庵主さまから
いまや"予備役"との異名をいただいた第一作業班の一員としては、
勢いの差を実感。主軸メンバーの病気欠場を見るに、
2~3年前の巨人ってこんな感じだったのかとも思う。

このロートル組も「単なるお客にはなってはならぬ」との庵主様の指示があり、
リハビリ中のFシェフを筆頭に買出しにでかけ、地元食材の野菜スープを作る。
料理を作り始めるとどこか遠慮気味だったFシェフも本領発揮となり、
「こんな切り方じゃ、ダメだ」とエンジンも全快に。
注文をつけられた当方もFシェフの回復ぶりに接し、嬉しくなる。
課題を与えていただいた庵主様に感謝!

 

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とは言え、今回は第三作業班に完全におんぶに抱っこでお世話になりました。
あれだけのメンバーが、ひとりひとり役割を考えて、動いている姿に感激しました。
「気がつくと、誰かが消えて、さぼっている第一班とはえらい違い」
とのY賄い班員の弁。確かに納得。

いつもブログ写真で見ていた鯛の塩釜蒸しも絶品でした。


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車えびの炭火焼、豆腐鍋、キンピラ云々とどれもおいしい。
他人の飯は食べてみるもんだ。大いに満足、大いに刺激を受けました。
人数が多いと大変な品数もあっという間に平らげられていく。
「昔の家族の食事ってこんなもんだったんだろう」とは面々を眺めての庵主様のコメント。

 

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山荘の空気とメンバーの心遣いに心と体のリハビリができました。
ありがとうございました。


第一作業班は、復活の狼煙を上げるべく、新橋辺りで暑気払いをやりましょう。

 

蓼科山荘の開設は2000年1月。翌2001年からは沢山の来訪者があって、あのピカソカレンダーも色んな笑顔であふれていた。

一転2009年、家人はたまに行くけれども、客人来訪者はめっきり減って、このブログもほぼ2ヶ月ぶりに書いている。あの山ツツジは今年も咲いているのだろうか。小川の先の谷間にひっそりと、しかし毅然とした姿で・・・。 山つつじ.JPG

来訪者が今年減ったのは、例の"100年不況"も少し関係あるのだが、それよりもこの10年のなかで、定番メンバーの上に降り積もった歳月の故である。病いを得た者、異動になった者、環境が変わった者などが一度にどっとやって来た。加えて不況で遊び心が湧かない者・・・。とりわけこの傾向は、あの栄華を誇った「第一作業班」に顕著だ。思えば「作業班の歴史」という記事を書いたのは、その凋落の予感だったのかも知れない・・・。歳月が降り積もっている。

山荘庵主自身が『粘れ、精神』などと自身に気合を入れている昨今ではあるが、ついでに今思う。そうだ『粘れ、山荘』。10年の思い出を糧に、新たな憩いの舞台になれ。

5月29日~31日にかけて「第三作業班」が来訪する。ここにもいくつかの変化があったが未だ元気印。そしてそこに「第一作業班」から、病気リハビリ中のFシェフがK予備役班員、Y賄い班員とともに参加する。初めてのというか、よんどころない仕儀による合同企画。第三の料理主任は、Fシェフに築地を教授されたという関係でもある。山荘の縁。

楽しい集いになるといいなあーと強く思う。そして再び蓼科山荘がそれぞれ思いを乗せて「第二ステージ」に向かって歩み出すのを期待を込めて願っている。

筆者自身に向けてだけでなく、各作業班員に改めて告ぐ。『粘れ、精神』。

 

 

 

まだ厳冬の蓼科ではあるが、今回「餅つき企画」に参集した第三作業班:SHOPチームは盛りだくさんのアレコレ。気分は満開のような・・・。

1月30日前泊は例によって木村さん、大野さんに加え稲葉さん。深い霧のエコーラインを堪能。翌日に備えて餅米とぎなど。そして鮭缶と柿の葉鮨の酒宴。じゅじゅさんは山荘に来ると"飲兵衛"になる。午前3時就寝。強い雨。

翌日は「築地発--温泉寄り道--山荘着」単独来訪の志文さん。この人は元来の温泉おたくに加え今や古代神話にもはまりこんで「古事記」や「日本書紀」を読んでいるとか。驚き。そして電車組の4人(山本さん、木島さん、上田さん、新屋さん)は茅野駅からレンタカーで。31日昼には全員集合。薄日差す。気温ほぼ零度。

今回は小生が新しいMacとネット用のフォーマカード(&プリンター)を持込んだために作業の流れが2分した。家電店のVer販売ミスもあって接続が難航し、木島さんは1日午前までほぼこれにかかりきり。上田さんが時折アシスト。ともかくも最後には難題をクリアしてネット接続がOKとなった。木島さんの粘りに拍手。

一方餅つき組は、蒸し方で又々学習があったものの、3度の餅つきを手早く完了。搗きたての味は、もちろんのおいしさ。小豆、大根おろし、きな粉の3種に思い思いの手がのびる・・・。

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夜は、晩餐の名にふさわしい味の彩り。定番である鯛の塩釜。これ今回は和風味付けで、鯛の旨さがしっかり判る優れもの。加えて海老と蟹、そして野菜の鍋。じゅじゅさん希望のきんぴらもでた。あっという間に無くなる。リベンジ企画のアサリの酒蒸しも・・・。鍋に、昼間搗いた餅を次々入れて食す豪の者も出現!

夜が更けた所で、先ず前回話題となった「日本の神様カード」の再興行。何故かその人に縁ある(と思われる)神様が登場してくるところがまさに神事なり。

そして次はリハーサル付きでの『寸劇』。「SHOP重大発表部会の場:一幕」。これはそれぞれの思いを乗せて笑いと涙のうちに終幕となった。次のステージにむけて肩を組んで乾杯!

ラストには鍋の残り汁でおじや、そしてストーブ目玉焼き。全くよく食う。これなら大丈夫だろう。

定番の鯛の塩釜.JPG

海老と蟹と野菜.JPG

きんぴら.JPG

1日午前、Mac作業も終り、ゆっくりの朝食のあとに山荘内を美化。それぞれが分担協力しての手抜きの無い姿は小気味良い。この共振エネルギーで、SHOPの新しい道が、際どくも切り開かれていくのを祈念すること、切なり。

帰り際に庭を見れば、まぶしい陽射しのなかで消え残る雪が輝いていた。重ねてSHOPの新たな踏み分け道を思った。

 

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正月、恒例の一家企画(山荘で家族全員和服に着替えて百人一首)は、今年は頓挫。

近所の神社に参拝。 さておき山荘来訪者の皆様、新しい年もご愛顧あれかし。

この09年の経済環境は、なにやら「価値観回帰」の予感へつながるものですが、

もともと山荘来訪者の多くは『滞在時価値観回帰』なので、格好のつながり。何が。

さて来訪第一弾は1月末の餅つき企画。SHOPチーム(第三作業班)に第一のN主任とか混在する段取り。これまで冬の餅つきは何度か行われているが、いくつかの失敗体験もある。なんと言っても前夜の手はずが大切なわけだが、過去最大のミスは「もち米をお湯で洗った」こと。なにしろ水は文字通り"手を切る"ほどだから、気持ちは判るけれど・・・。

今回は「旨い餅をつく」そして「食らう」それから「温泉」夜は「しみじみ酒」。回帰タイムなり。

そして、あの山つつじが裏の流れの斜面に咲く、遅い山の春を想う。

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山荘にまたヤマネがやってきた。これで3回目だが、今回は息をしていなかった。先に滞在した家人が「冬眠かも・・・」と一縷の期待で手厚い環境にかくまったが、残念。ヤマネが冬眠するときはボールのように丸くなって長い眠りを迎えるとのことだが、これはそうではなかった。

そこでテラスそばの石の前を「眠りの場」として落葉の中にそっと安置し、一応線香をたむけた。木村じゅ君と二人で手を合わす。

もちろんこのヤマネ君が春に眠りから醒めるのならそれは嬉しい。さなくともこの可愛い動物(天然記念物)の命に祈りと、我が山荘来訪の感謝を捧げるものである。

僅かに残る紅葉の中に、ヤマネの仮の墓がある。

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たまたま撮った1枚はミレーの絵のようなタッチになった。晩秋の蓼科。ひとり予備作業に没頭するのは木村樹紀さん。

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11月7日~9日に掛けて、2008年秋作業班来訪シリーズの第三弾として第三作業班。

今回は色々な事情による「残念不参加」者が多発し、木村じゅさんのほかは常連の高森志文さん、半常連の稲葉珠恵さん、久しぶり参加の新屋満里子さん、初参加の山本卓也さんという顔ぶれになった。テーマは、1.作業による達成観、2.神様カードによる開放感、3.おいしい食べものと語らいによる連帯観・・・といったところ。

作業は、先に第一が半分やった「ゴミロードの杭と棕櫚縄」の残りの片側部分。これに使う「年輪杭」は先に第一がメガマートで買占めてしまったので、小生が事前注文しておいた。第一に比べての変化は「杭をやや高く出す」「立ち木にグルグル巻きしない」「杭の間隔を事前に考える」「3本の棕櫚縄の幅を精密にする」など。出来上がりを眺めて彼ら曰く『第一より上等です』ほか云々と自慢げ。

ドリルで.JPG

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○帰りきわに記念写真

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ところで晩餐は定番の鯛の塩釜のほかは、同じく築地で仕入れた牡蠣の鍋。ここでもあの蓼科自由農園の野菜やキノコが大健闘。そして食用ほおずきも・・・。

 

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深厚には「神様カード」でほのぼの自問自答タイム。木村じゅ君は神のなかの代表格が守護神となった。拍手(かしわで)。信ずれば加護はある。

別れ際に『次はまた餅つき・・・』と。

 

 

7月11日~13日にかけて第三作業班来訪。

11日前泊は、木村樹紀さん、大野良彦さん。夜遅くまで何故か「話術」の話など・・・。

翌12日昼に、稲葉玉恵さんと飯田竜一さん、築地買出し組の高森志文さん、正田彩佳さん合流。

作業は、駐車スペースの人感センサーライトを高機能なものに取替えて、旧来のものをBBQコーナーの調理グリルを照らすものに応用。ここでも"さわポール"を利用するこだわりをみせた。一方で女性陣を中心に"緑の魔境"然とした庭から「ゴミロード」を復活させ、かえす刀で川への枕木道も通行可能にした。いささかの汗。

一方料理は定番の鯛の塩釜焼きのほか、ダッチオーブン料理としてスモークソーセージと豚ひれのトマトソース煮込み、そして酢の物など。高森シェフ大車輪、稲葉さん手際、正田さんアシスト・・・。深更には細めの稲庭うどんも・・・。

仕事が『頑張りどころ局面』のなかでの山荘来訪なので、途中で寝る人続出(時間のせいもある)、山荘カレンダー写真は「寝姿3題」となった。

『あと一段、階段を上りきる』戦いをしている戦士たちに、束の間の異次元空間が、明日への活力となったのであれば幸いなるかな。

それとは別に飯田さんが「今回作業が軽くて物足りなかった」と言ったとか言わないとか。これは、それだけホンモノの作業班員になってきたということで、ま、めでたい話なのだろう。 DSC00906.JPG DSC00912.JPG

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