第3作業班の最近のブログ記事

2月17日~19日にかけて、第三作業班の餅つき企画が行われた。餅つき大好きのKリーダーのせいか、前夜からの諸々準備を含めけっこうな作業となる餅つきが、途切れることなく続いている。

今回参加は、木村じゅ君、岸下記子さん、阿部将太君、高原一也君、黒石健太郎君、さらに特別会員の高森志文さん、初参加の田中亜矢子さん、北脇祐士君、井口陽介君の面々。(ベテランのNさんは残念ながら急遽欠席となった。次回こそ。)

夜全員.JPG

○今回餅つきの目玉の一つは、カマドと羽釜。これまでキッチンのガスコンロで蒸していたが、火力が弱い。本来は強火で一気に、が必要。それで新登場。火力が断然違った。それに餅つきらしい風情も余禄なり。もう一つの目玉は「滋賀・高島生きもの田んぼ」の米。栽培規定が厳しい本来農法から生まれた米である。

この2つの目玉のせいもあって、とりわけ『旨い』と皆がうなった搗きたて餅を食すことが出来た。辛味モチのほかに自家製小豆餡も好評。 おいしい時間。

カマドと羽釜.JPG

餅つき.JPG

○18日の夕方には、時期遅れの節分鬼も登場。赤鬼青鬼の迫真の?の演技がいっときの笑いをよんでいた。さしずめ 『みんなの憂さは外、元気は内!』 といったところか。

鬼2匹.JPG

○夜の料理も大充実。定番の鯛塩釜以外にも書ききれないほど出てきたが、若い人の食欲が次々とたいらげた様は圧巻。担当の3嬢(⇒ありがとさん)も作った甲斐があったというもの。

○さて、前泊の夜もその次の夜も、本当の深更まで、若い人の語らいが有った。有る時期に特有の前向きな懊悩といったもの。少しづつ殻を破りながら、あれこれの会話が続く・・・。終われば少し前に踏み出したような自分が・・・。夜が更ける・・・。新しいペイジが開く気配・・・。夜がまた更ける・・・。

○餅つきの結束と、昼夜様々な味の堪能もさることながら、リーダーのKさんにとっては、この語らいは最大の収穫とも思えることだったのかも知れない。

こうして3班は3班なりの味で、今回の山荘空間が流れていた。

 

 

 

10月14日~16日にかけては、第三作業班のゴルフ企画。木村樹紀君、高森志文さんの常連のほかに今回新参加の黒石健太郎君。本来は西山君が来る予定で、当人前の週は石川遼観戦までして気合を高めていたが腰痛で断念した次第。

さて14日に着くと、またヤマネが。しかもなんと5匹!残念ながら皆、死んでいた。冬眠前とて何か餌を探しにやってきたのか? そして例によって入ることは出来ても、その同じルートで外に出られないのか? ヤマネ来訪は嬉しいことだが、出られないで死んでしまうのは無惨。⇒今回も敷地内の「ヤマネの墓」に葬り、線香を手向けた。 ヤマネ.JPG

山荘建築の小澤建築工房に依頼して「ヤマネルート」調査へ・・・。

翌15日は残念ながら雨。ゴルフキャンセル。小生を除く3人は、買い物ついでに茅野市内のゴルフ練習場に出かけて気合の打ち込み。じゅ君は手の皮がむけるほど。⇒グリップがおかしいのかも。

16日はスカーンとした秋晴れ。ほぼ初心のK君もなんとかプレイ。後半ハーフは、準初心のじゅ君にせまるスコアとなった。ゴルフ入れ込みのTさんは、惜しい!感じて100切りは成らず。次回を期すことに。各位のスコアは公開せず。

 

三班3人.JPG

蓼科はよやく秋の色。山荘の周りも紅葉が始まっていた。雨の紅葉も風情。秋晴れの紅葉は燦然。しのびよる冷気のなかで、秋が深まっていく・・・。

紅葉の山.JPG

ちょっと紅葉.JPG

第三班は次はまた、餅つき企画とか。

 

 

 

 

今回の個人的トピックスは、山ツツジ。小川の裏を登った所で人知れず咲いていた山ツツジの立ち姿と色合い、その風情に魅せられてシャッターをきり、その写真はたびたびこの山荘ブログに登場している。それが今回、山荘の庭に咲いていた!

ツツジ.JPG

これは、昨年、ニセアカシアを何本か伐採したとき下から現れて、多分山ツツジだろうと名札をぶらさげたまさにその木。昨年1年の太陽光の恵みが、今年の花となった。うれしい限りなり。実はこの木は周辺にはありふれて咲いているが、それが我が家の庭に、伐採効果でやってきたことがうれしいのである。里山気分。なかなか姿の良い木。来年もよろしく。

 

さて今回の第三の来訪は、作業班というよりゴルフ。初参加予定だった、まるお君とかえるさんが、ちょっとした業務トラブルに巻き込まれて急遽欠席となった。残念なこと。その結果、木村じゅくん、高森さん、大野君、西山君という「昔の名前で出ています」メンバーとなった。大野君1人は渓流釣りに、あとは2日間ゴルフ。作業班としは、珍しやの図なり。ま、この顔ぶれだけに、何をするのも呼吸はぴったりだった。さすが古顔軍団・・・。

4人.JPG

○手に持った皿に乗っているのは、イワナです。炭火で焼いたのでことさら美味でした。

さてもう一つの個人的トピックスは、しいたけ。家人が自由農園で買い求めた「菌付きの椎茸原木」を家の北側に置いておいたその木から、たくさんの椎茸が出来ていたのにはビックリ&うれしい驚き。なにしろ説明書では「初年度は秋に発芽」とあったわけで・・・。さっそくその一部を焼いて醤油バターで食べた。おおぶりなのに豊かに旨い。これは二重の意味で収穫なり。⇒第一作業班の『しいたけ事件』は知る人ぞ知る話題だが、あれを微笑ましく思い出させてくれた。

しいたけ.JPG

夏にはまた、作業付きのホントの第三作業班の来訪が待たれる。

 

 

もち.JPGよほど餅つきが好きらしい。約1名が・・・。ともあれ第三作業班の餅つき企画が2月18日~20日にかけて挙行された。新参加のYさんを含め8人の来訪。

結果を先に述べれば、さすがに手馴れてきていて、出来上がった餅も上々。今回は伸し餅にして角切りしたので食べやすそう。この行程では小生の仕込んだ知恵にYさんの知識が合致してスムーズにことは運んだ。

各位、綺麗な「お持ち帰り」となっている。

 

さて19日の前泊は、小生を含めたチームはなんとか当日に到着したが、残余の3人の別組は山荘到着が"不埒にも"日付が変わった午前2時過ぎ。その彼らの「異次元空間到着興奮」に小生は付き合ってしまい、寝たのが午前5時過ぎとなってしまった。無謀なり。

とは言え、この前泊の夜の酒の肴は絶品。神茂のハンペンと蒲鉾、そしてオデン。ハンペンは最新流行の「鰹節まぶし」。蒲鉾は例の礼文島船泊の「ウニ詰め」。他には定番の鮭缶の生姜風味、それから成城石井のカブに紫蘇漬けも。 贅沢な趣向だが、ジャンキーフーズをどっさり買い込んできた遅参組には無駄なことだったかも・・・。味わう行いはなくパクつくだけだから。ちと無惨なり。

 

しかし、やや遅めの朝(Yさんだけは早朝散歩)からは大車輪、山荘駐車スペースや、裏の道、そしてテラスの雪かき。慣れぬ作業に若年組は筋肉痛を訴える状態。それさえが痛快体験らしい躁状態なり。雪国を知っているNさんが『札幌時代は毎朝先ず1時間雪かきだよ』と諭し、庵主は『毎日TVで見ている雪国の人を思え』とか督励の一幕。ともあれ綺麗に雪かきはなった。(ゴミロードは放置)。

雪かき.JPG

築地組のNさんとT嬢は7時出発とかで11時過ぎには到着。(小生達が寝た頃には起床していたとか。正しい姿。♪♪お江戸日本橋七つ発ち・・・。) 鯛やハラス、そして自由農園の野菜・・・。

餅つきの前にK君が、ささくれ立った杵2本をノミとヤスリで綺麗に修復。何がしかの名誉挽回となった。そして3回に分けて餅つき。 以下の写真は(定番の人達と趣向を変える意味での)ブログ用のポーズ写真である。

餅つき女.JPG

搗きたての餅食いタイム。家人が用意の餡子、きな粉が好評。庵主から〔大根おろしの辛さについて〕の薀蓄を聞かされる我慢時間のあと、3つの風味を堪能した。

塩かま.JPG夜の宴は、N料理主任、Tシェフ、それからYさんが大活躍。

定番の塩釜ももちろん登場。

例の如く、楽しい、ちょっとバラバラな、思い思いの時間が流れた、酒は真澄。ふだんは日本酒を飲まない人も飲める酒なり。

 

 

 

 

 

集合.JPG

今回ストーブ周りでは、ちょっとした「事件」が発生した。前泊の夜のこと。焦げ臭い臭いに気付いた庵主が2階から降りてみると、なんとストーブの周りの薪が3本ほどくすぶり出していて、小さな火も発生していた!⇒これは前から気になっていたので、少し工夫していたのだが、今回〔制限エリア〕を確立、ストーブから20㎝以上離す積み方に・・・。それが下の写真。すっきり&きれい。好きな光景。

ストーブまわり.JPG

雪かきや餅つき、そして料理&手伝い。ひとつのテーブルでの宴・・・。今回は、ひまわりのタネに集まる野鳥を観賞する時間もあった。そうして、いわゆる「同じ釜の飯」状態が積み重なることで、この参加者の1人ひとりにチームへの思いが生まれ育つ。ならば山荘の構築全体も喜んでいることだろう。

次回は、第三作業班のゴルフ分会がGWあけにでも出来るなら、というところ。

春が待ち遠しい。

 

 

 

8月20日~22日にかけて、第二作業班・第三作業班合同の「ペンキ第二弾」企画が行われた。17日に帰京した小生は、山荘へトンボ帰り?

二班フルメンバー6人に加え、助っ人名目の三班から9人。多分山荘記録を1~2人更新の大部隊。削り作業も手馴れた感じで前進、三班の一部は下草刈りと伐採1本に挑んだ。

削り始動.JPG

伐採班.JPG

食事。昼は二班料理担当によるミート&スパゲッティ。大好評でお代わり続出。夜は三班シェフ担当で多品種&大量、しかも和風2次会付きという『これでもか饗宴』の趣き。特筆はインペリアルカマドの挑戦。マニュアル熟読?し、実際加熱をやったことでカマドの特性が判りかけてきた。次回は使いこなせそう。新購入の角型コンロも活躍した。

○チップの煙モクモクと

カマドの煙.JPG

鳥の丸焼き.JPG

室内には16人分のテーブルセッティングをしたのだが、BBQテーブルで焼けるそばから食うという宴が始まり、ほぼ満腹で第2弾の和風料理をやっと室内で。その時既に23時前という"銀座時間"。さすがに室内宴の途次に中年はいったん眠りタイム。この時は寝ていたマジシャン・アリックがのち起き上がり、期待に応えてワンマンショー。(これが終了したのは午前2時20分ごろだった。なんと。)

宴会.JPG

眠る中年.JPG

翌22日、二班のペンキ主任Mさんが『21日に働けなかった分を含め"2度塗り"を完成させたい』との動機で早起きし、綺麗に完成へ。記念ロゴは、〔R2〕変じて今回は〔R2・3〕となった。合同企画の証。

ペンキ完成記念.JPG

上の記念写真は早帰りした三班のTシェフを除いた全員。やり遂げ喜び表情がいっぱいである。

この企画で特に庵主として印象深かったのは、二班と三班がずっと前からの知己のごとく自然に融和していたこと。帰京後に、お互いが相手方の働きぶりを誉めるメールが飛びかっていて、それはなんとも「豊かな風情」なのだった。

心を一つにして何かを成そうとするする過程が、人の振る舞いを昇華させる。そういうゆるぎない真実を見た。ちょうど高校野球も幕を閉じ、いくつかの思い出を残して、2010年の夏が終わろうとしていた・・・・。

 

追伸:3班料理主任殿⇒料理の数々は書きませんでしたので、よろしければ先の第一作業班ブログ記事のコメント(Kシェフ)の如く、思い出すまま、つれづれに。

 

 

7月2日(金)前泊~4日にかけて、第三班のゴルフ来訪があった。作業班のゴルフ来訪は珍しいのだが、これも定番になりそうな気配あり。ゴルフでも色々あったが、今回のトピックはなんと言っても、ヤマネの来訪。それも子供3匹とともに発見されるという椿事!

棲んでいたヤマネ.JPG

以下、順を追って・・・。

2日夜に木村じゅ君と、3班シェフの高森志文さんが我が家に来訪し、志文さんの車は我が家に置いて、生嶋号で3人出発。3日0時30分ごろ到着。そのあと午前1時過ぎに別車の木島君が到着。しばらくゴルフ談義など。とりわけ小生と木島君が就寝したのは午前3時30分になってしまい、明日の(当日の)ゴルフに備えてなんという不謹慎・・・。

まあそれでも、その夜は、単に楽しい開放された夜だった。

○前泊の3人。

前泊の深更.JPG

ここからゴルフの話は、捨て置く。それでの話題は、木村じゅ君がついにオリンピックで賞金獲得をしたことと、あの「第1班が散々やられた蓼科ブヨ」に2班も見舞われた・・・ということ。夏の終りごろまで痒みが残ることもある蓼科ブヨ、恐るべし。

3日夜だ、その"事件"が発生したのは。今夜は早寝しようと2階に上がった高森さんが、血相変えての報告。『ヤマネが・・・。』と。

我が山荘で時々発見されるヤマネ。あの機密性の家で、どこから侵入するのか、とりわけ外には出られるのか、ずっと不明のままのヤマネ。しかしこれまで4~5例の発見があるヤマネ。大概は死んでいるのが発見され、『ヤマネの墓』も作って、線香を手向けた。生きて見つかった時は、必死の捕獲作戦ののち戸外へ放して、自然のなかで生きていくよう願ったヤマネ。

蓼科山荘では、ヤマネ用に水皿とニンニクが置いてあり、彼らが来訪してそれらを活用した後は、また外の自然に帰るように願っているのだが・・・。⇒この森の妖精(天然記念物指定:1975年)を飼う気はもちろんさらさら無く、いったん客人として来訪しても無事森に帰ってほしいわけだ。山荘内で生き抜くのはついに無理であろうから・・・。

さてそのヤマネが、今回は生まれたての赤ん坊3匹と一緒に発見されたのだから、これは特質椿事。

○モミガラの中が棲家

モミガラが棲家.JPG

○子供2匹

赤ちゃん2匹.JPG

○子供を咥えて運ぼうとする母ヤマネ

子を咥えて.JPG

 

ともあれ『この山荘内で生き抜くことは出来ない』という小生の思いのもと、母子を戸外に出す作戦、その前提としては4匹同時確保の作戦をあれこれ展開するも(中略)、ことごとく失敗。ついに人はその部屋から出て、子3匹を放置。同時に一番近い2階テラスの出入りの網戸に穴を開け、その外に水と餌と置いた天井付きの「ヤマネ脱出誘導キット」を置いて、階下で待つことしばし・・・。

しばらくのち、ヤマネ母子は忽然と姿を消していた。あの子ヤマネの鳴き声は聞こえず。人為脱出ルートから戸外に出たか。それともヤマネルートから逃れたか。はたまた未だ山荘内のどこかに隠れひそんで居るのか。不明なり。

無事を祈る。願わくば戸外で巣を・・・。

○これが脱出誘導キット。網戸下方は切り折りの穴を作ってある。(翌日に撮影)

ヤマネ脱出キット.JPG

○捕獲に活用しようとした布団袋。この中にモミガラ枕をヤマネの子供ごと入れて、母ヤマネごと捕獲し戸外へ放つ作戦だったが・・・。

布団カバー.JPG

蓼科山荘は〔ヤマネ山荘〕という別名でいかがでしょうか、とK君。

そんな話題を残した3班ゴルフ来訪だった。

東京から僅か2時間半の場所に、思いもよらない自然が残っていた。

ほのぼのとした感慨。

 

和田さん作品.JPG5月21日夜から5月23日にかけて「ペンキ大作戦」と銘打った集団が来訪した。第二作業班のペンキ再挑戦のために、第三作業班から助っ人を大量動員した企画である。第二から4人、第三は9人。

今回の再挑戦は、ともかくテラスを「元の素材状態まで削る」のが眼目なので、人手が多数必要だろうとの思いからの大量動員となった。

前泊は木村じゅ君、片野さん、岸下さん、山田愛さん、そして小生。宴では和田武治さんから頂戴した自作の酒器が初登場。なかなか風格ある品。これも山荘の前例にならって、「和田猪口」と名付けられる。

 

前泊の3人.JPG

 

さて翌日けっこう早く(東京発は6時30分とか7時とか:前の晩遅くまで飲んでいた者もいるのに)10時過ぎには全員集合。有賀-南組は近郊から。大野車はSHOP若手を引き連れて。村井車は単独。築地買出しの高森-西山組は別行動で・・・。

○始めての作業

初めての作業.JPG

メガマート組が出かけた時に残った初参加のSHOPの平山君、阿部君、本多優里さんが大野師匠の指導のもと初めての作業を行った。これは第二班因縁のシダレモモを、表通りから移植するための場所の開墾と整地。ちょうど真ん中に例によって石 が埋まっていたので、その掘り起こしを経験した。メルクマール石の半分くらいの大きさなれど、初作業としては達成感あり。それでこの顔。

○ナンさんの一人仕事。

一人ナンさん.JPG

その時ナンさんは、一人で黙々と削り作業を敢行。誰もいないテラスで、この御仁らしい姿なり。鬼気迫る・・・と言いたいくらいの打ち込みぶり。これを上述の「初めての土木作業」の若手がしっかり見ており、のち評判となる。

○初めは手作業

初めは手作業.JPG

メガマート組が戻ったところで作業開始。初めは手作業。やすり台とか板材にやすりを巻きつけての削り。先は見えないまでも真剣に・・・。

○奇妙な?マスク集団

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この一枚の写真、よく見ると平山君だけがマスクをずらして顔を見せようとしているのが、いかにもこの人らしいと言わんか。良いとか悪いとかではなくて・・・。なんか愉快。

○思案する管理者たち。

思案する管理者.JPG

機械は使えないかなー。

○このドリルを使いたい

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やはりこのドリルを使えないものか・・・と村井さん。⇒「機械化」への目覚め・・・。結局「振動やすり」よりも「電動研磨」を上手く使うという方向性が決定。初め1台。次に1台を買い足し、さらにあと2台購入で4台活用に落ち着いた。

○これが最終兵器

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○削り風景

削り風景.JPG

○ちょっと休憩

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○半分までの削り完了間近

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○作業境界線

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この日の目標は半分まで。ペンキは、アサヒの油性カントリーブルー。浸透性。これを薄めずに塗る。出来れば2度塗りが望ましいもので、この日は半分を一度塗り。この写真で塗っていない削り木部が1ラインあるのは、「翌日削る時にその範囲は傷が付くから、塗らずに残す」という高等配慮である。⇒結局翌日は強い雨で作業は出来ず、次回への持ち越しとなった。次回8月もさっそく設定されている。当然の如く2班、3班の共同体勢で。ともあれ今は、この境界線がはっきり残っていて、なにやら「宴のあと」みたいなおもむきである。

この日の昼飯は、片野さん作のタイカレー。スパイシーな逸品で、皆に大好評だった。(他に豚角煮も作って持参、これは23日の朝食に登場した。)

さて22日土曜の夜は、志文シェフ&西山料理主任の出番

○真鯛とキンメ

真鯛とキンメ.JPG

真鯛は定番の塩釜に。初めての人は驚愕。キンメは煮付け。これはすこぶるつきの美味。

○海老と焼き鳥

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○鰹のたたき

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○新登場「ダッジオーブン野菜」

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これは事前に予告があったもので新登場。ダッジオーブンに野菜根菜を並べて火にかけておくだけというものだが、この出来上がりは超絶美味。「にんじん、甘い」「玉ねぎ、むちゃ旨い」「ジャガイモが・・・」「サツマイモ、なんでこんな深みが・・・」とあれこれ絶賛の嵐だった。畏るべしダッジオーブン。これも定番化する風向きなり。

○14人来訪3題

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○集団宴会(これは新登場のPolaroidデジカメで撮影したもの)

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この宴会は酒(有賀さん持参の5年もの梅酒も)と既述の数々の「旨いもの」をひたすら堪能したあと、有賀さん(芸名アリック)のマジックショーがあった。これが大好評で、ショーが一段落したあとも、ネタ披露や演技指導などが延々と深夜まで続き、次回も「マジック付き」が決定した。というかそれが動員の前提となったほど・・・。

なお深夜には、なんと「とろろ蕎麦」まで出た。志文さん健闘す。料理の評判に加え、旨いコーヒーと気兼ねない煙草で、本人も納得か。

○ガンジーの眠り

ガンジーの眠り.JPG

第二と第三の初めての合同企画だったが、瞬時に混ざりあって違和感も全く無く、ずっと前からの知り合いみたいな融合ぶり。目線が一つになれば、人はしっかりと結びつく。それに山荘環境が味付けとなって、またひとつの「楽しいオハナシ」が生まれた。

夜半、静かに雨の音・・・・・。

 

 

 

 

 

 

それは2000年もののドンペリから始まった。2月12日夜に小生宅に参集した前泊組の木村じゅ君が大事に扱うひと瓶。車への積み込みにも気を使ったそれは『山荘10周年祝いの品』だった。同行は大野君と木島君。常連の"家族風味"メンバー。

山荘では(ドンペリ保存のまま)、ビールと日本酒の夜が深更まで続いたわけだが、小生が珍しく「ちょい熱燗」を依頼した結果、事件が起った。超々熱燗。担当の木島君が嬉しそうに鍋つかみで持つ徳利。これは沸騰酒なり。飲まない人は強い。

熱燗極まれり.JPG

翌13日にはシェフの高森さん(Aビール勤務)も加わったこの企画は、延期となった第一班にかわって急遽実現となった第三班のおなじみメンバーの集い。雪が煌いていたチェルトの森山荘群を車で散策した以外はゆっくりのんびりの時間となった。唯一作業らしいことと言えば、雪の重みで折れかかった実生の松の木を「救おう作戦」くらい・・・。それから次の作業目標として、〈星を見る縁台〉(兼テントスペース)の設営場所を仮決めしたのは、収穫というか楽しみな明日。

ゆっくり起きた朝、2階のコーヒーテーブルで、陽射しに輝く雪景色を眺める「贅沢時間」があった。樹氷のような木々の雪の氷がキラキラ、キラキラ・・・。声がない・・・。時間が止まって・・・。

 

雪景色3.JPGのサムネール画像

 

雪景色2.JPGのサムネール画像

 

○以下、写真とコメント。

山荘の前で.JPG

○山荘前で記念写真。雪景色が楽しくて歩き回って・・・。

 

この木を助けよう.JPG

○記事で説明した松。 これを助けることにして・・・。氷となった雪を落とそうとしたら、葉がバラバラ折れて落ち、助け起こそうとしたら折れそうになり・・・。 ようよう棕櫚ロープで隣合う木と結んであげた。『この木のためにほんとに良い事だったんだろうか。』という根源的な自問自答もあったやに聞く。

 

ここに雪見台.JPG

○ これは仮決めした「星見台」の場所を差し示す棟梁3人の図。前回来訪時にテニスコートあたりまで出かけて流星群を見たが、ずっと上を見ているので「首が痛い」。プラス「この近くには寝そべって星を見る有料施設がある」という事実。プラス「夏場、大勢で来たとき、数人は外のテントで寝るのも風情」という遊び心。ついでに、位置をっ囲ったままで時間が流れている第一作業班の「涼み台」対抗の意味も含まれているらしい。場所がちょうど、小川への枕木道をはさんでの反対側だから・・・。ともあれ構想は成った。焚き火スペース他、浮上したあまたの案よりも有意を覚える。実際に寝転がって星を見る日が待たれる思いだ。

悠久の星もさることながら、光芒の我らの所業をこそ味わう場所となろうか。刹那でも良い。そこに気心の知れた友が居れば・・・。そういういっときの為の場所へ。

 

火熾し開始.JPG

○ダッジオーブン用の火熾しの開始。零下3度のなかでも楽しそう。

 

雪のなか味チェック.JPG

○志文シェフが味チェックにお出ましに・・・。今回は〈地産地消〉という"あと付けテーマ"のもと地元野菜あれこれ。鯛も車海老も牡蠣も〈事前メニュウ〉の幻となったが、野菜は野菜で深い滋味。ピラフにも挑戦したが、火が強すぎて(近すぎて)焦げるという半失敗。結果次回までに「遠火」用のセットなどを購入する段取りへと話が発展した。ダッジオーブン料理、進化の兆しなり。

 

大野ピアノ.JPG

コック姿.JPG

○大野さん2題

上はいつものピアノ姿。さしたる進歩は見られない(失礼!)ながら、ポロンポロンと自分境地に入り込む。人柄の面目。

下はコック服姿。りりしい までは言わないけれど、様になる。これは、それ以前に「Tシャツに首タオル」という飯場スタイルで盛り付けしようとしていた姿を見かねた庵主が提供したるもの。まんざらでもない本人の笑顔をご覧あれ。画面左には「虹マシーン」からの光が・・・。

 

帰京を前に、当たり前のごとく綺麗になった山荘があった。

『この次は4月末とかにゴルフ付き合宿を』という番外テーマを約しての別れとなった。この次回合宿は実は、某君のチャリティゴルフ参加の事前トレーニング、という意味がある模様。

では、遊び心を抱いて晩春に再見。

 

 

 

餅つき3人.JPG恒例となった第三作業班の餅つき企画が、12月11日~13日にかけて行われた。この班はホントに餅つきが好き・・・。

●「先輩顔」 

前泊は馴染みの木村じゅ君、大野君、木島君に加え、若手の高原君が初参加した。大野号で夜10時半ごろ到着。さっそく餅米を冷水で研ぐのだが、ここで先輩諸氏が、いかにも長年の"経験者"として、あれこれT君に指示する様子が微笑ましかったし新鮮でもあった。〈人は後輩に指示することで己を自覚し、誇りと喜びを感じるものである〉というような感慨。ともかく一人まったくの初参加がいることで、場の力学のようなものの変質が面白かった。3時に就寝。

 

●「じゅじゅ君の希望叶う」 

12日昼頃には翌日組が合流。電車で茅野駅の西山君と山本卓君。築地組の高森さんと上田さんはあのオープンカーで颯爽と・・・。6キロも米を5回に分けて搗いた。最初は小豆の餡で、次は大根おろしで昼食代わりに沢山食べた。餡良し。地元の「ねずみ大根」は激辛。さてラストの2回で今回「青海苔」と「小エビ」に挑戦。特に「小エビ」はK君の積年の願望。これが想像を超えた大好評。カッパエビセンの餅版といったところ。♪やめられない、とまらない。  念願じゅじゅ、ならぬ成就!

○餅つき3点  このあとちょっと「ゴミロード」の美化もやった。

餅つき卓&.JPG 

餅つき5人.JPG

 

餅つき木村.JPG

 

●「豪華さ増す晩餐」 

作るほうも食べるほうも欲望のレベルが上がってしまっている。定番の鯛の塩釜は登場したが、コレは今やメインの一つになり、今回はダッジオーブンでの野菜根菜料理も登場。さらに鱈ちり鍋もひかえるという飽食仕立て。その間に大振りの海老の塩焼きと焼きハマグリも出た。そしてラストにはストーブ目玉焼きまで食べた・・・。いかなる所業か。

ダッジオーブン.JPG

●「料理主任の喜び」 

西山シェフに代わってここのところ料理主任となった志文さんは『旨いと喜ばれる料理を作る』という世界にのめりこみつつあるかも知れない。純粋な他人の喜びはほぼ同質に自分の喜びでもあるからだ。"とぼけた風味"の助手Uさんを乗せて使い、 "隠し味風味"のシェフの助言も取り入れながら大健闘。皆がおいしいと言って食べる姿を眺めながらの一服は至上。禁断の味。次回はダッジオーブン料理が進化する・・・。

キッチンの2人.JPG

 

鯛.JPG

全員.JPG

○短い滞在を覚悟でかけつけてくれた卓君は夕刻、温泉組とは別に一人残って火熾しを担当。その後、夕飯は無しで大阪へ。

 

一人卓.JPG ●「流れ星そしてストーブの炎」

 いかにも欲望人間らしい飽食のあとで、ちょうど極大期を迎えつつあった『ふたご座流星群』観察のため戸外へ。それぞれにいくつかの流れ星を観ることが出来た。零下の寒気。文字通り満点の星空。圧倒的なスケール。ため息のような歓声。一歩だけ縄文人に近寄ったいっとき・・・。部屋に戻って今度はマキストーブの炎を見つめる。幻想的なゆらめき。再び声は無い。無言の対話。見つめ続けて飽きない。冷えた身体に暖気が心地良い。人智をはるかに超えたものに出会って少しだけ琴線が弾んだような気分。そして思弁の眠り・・・。至福の時・・・。

山荘夜景.JPG

 

 ●「クリスマス飾り」

 今回、自宅で長年飾ってきた手作り『クリスマス飾り』を山荘に飾ることになって、その設置担当は木島君。この手のことは彼(とじゅ君)の専売になりりつある。彼がなんらかの閃きで最適な電源を見つけてくれたおかげで、設置は事前の予想よりずっとスムーズに進んだ。この飾り、色々な意味で大好評だったのは嬉しかった。考えたこと【伝承】は成った・・・。

(写真は、自宅での飾りつけの時のもの。)クリスマス飾り.jpg.K君は昔はちょっとワルで、異端の中に「自己認証」を求めていたらしいのだが、今は日常の普通な振る舞い中でそれを追う。道よ開け。

●「ゴルフ第三班も」

 帰りの日、それぞれが自発的に(作業班の特徴)山荘が綺麗になりEqual or Better の見本。庵主の依頼のガラス磨きもこなして、余韻のコーヒー。そんななかで『第三・ゴルフ企画も本格的にやりたい』との申し出があった。晩春にはそれが実現か。

こだわりの食材、満天の星、ストーブの炎、おまけで童心の"虹"。

自然というものに抱かれたような時の流れだった。

 

 

 

11月20日~22日にかけて、第三作業班名目でのゴルフ来訪があった。

いまや常連の木村樹紀君、高森志文さんに加え、木村君が飲み屋で山荘の話をして来訪希望となった山邊昌太郎君(92年入社のRのOB)。

 ○ゴルフポーズの3人 NEC_0203.jpg

木村君は、先にチャリティゴルフに出る破目になり、急遽山荘でゴルフ特訓をしたその流れ。その時一緒だったのが転勤環境のおかげで「この際ゴルフを上手くなりたい」願望の志文さん。それに山邊君が加わったわけだ。

蓼科の最低気温はマイナス3度くらいで最高は7~8度。厳しい寒さを覚悟していたが、晴れて微風だったので、それなりに快適ななかでのゴルフとなった。庵主も2日間付き合ってしまった。⇒2日目、ゴルフ場のフロントが『生嶋さん、今日も晴れなのでプレイする事になりましたね』と、おっしゃる。雨だと来ない・・・は定番であるらしい。

ゴルフの結果あれこれは省くが、話題になったのは「オリンピック」。木村じゅ君が『ルールが良く判らん』と言い、2日とも負けた結果『このルールはハンデがあってしかるべきだ』と言い出す始末。負けず嫌いな一面がのぞいておかしかった。ともあれ春というか初夏の蓼科再戦を約して散会。

テラスのテーブルセットの収納やBBQコーナーの冬支度、マキの補給などミニ作業も行ったが、今回帰路での特筆すべき話題は〈作業班に対する庵主の家人の認識〉という積年のテーマ。

家人サイドでは「昔の上司から頼まれて、やむなく色々作業をする破目になっている作業班の人たち」という常識的な認識から抜け出せないままであるらしい・・・という話題。たしかに・・・。小生もこのブログでかつて『世間の人が聞いたら???という所業であろうか』と書いたことがあるくらいだから、作業班というのは不思議な存在に違いない。

『山荘に作業班が来る』というと、たいていの人の反応は、一瞬遅れる。(えーと、それは・・・。有料? 何かの団体? あの別荘は会社の寮か何かでその研修?・・・。)と思考が巡って反応が遅れるわけだ。そして、あいまいに微笑んでいただける。そういう存在。

蓼科山荘作業班、ネーミングは変哲も無いけれど、その存在は文字通り 『進化の不思議』である。これからもその「常識を超えた存在」の進化が続くことを願っている。山荘に来訪した人たちの、とりわけ作業班の人たちの笑顔がいつもまぶしいほどだから。静かにストーブの炎を見つめているだけの時間が豊饒だから。笑い声が弾けているから。あえて言えば縄文人に近づいたような気分だから。

ほんのりとした気持ちで、進化の流れを想う。

純粋とも言える交流を想えば、歓喜。

定めなき行方を想えば、わずかな哀感。

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