2010年12月アーカイブ

秋のいつだったかに続いての一家系4人で山荘へ。12月17日~19日。

未だ雪は無く、冬枯れのなかにあった。

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以下あれこれメモ風に・・・。

○夜到着しての外気の寒さ(マイナス10度近い)に 『はんぱ無い寒さだ』 という"現代語"が飛びだしたのには、ちょっとビックリというか、なんというか。老生は使わない言葉なので・・・。

○家人は「iPad」持参。これはそこにプレインストールされている「星座」を知って自ら買いにいったものだが、これが驚嘆するほどの優れもの。これをかかえて寝転べば星を見る楽しさが倍増すること請け合いだ。そのほかにあとからダウンロードした牧野富太郎博士の植物の本を読むという仕儀で、還暦過ぎが電子本を読む図は「時代」そのものなり。

○ヤドリギは家人の以前からの大関心対象で、きれいに2つある「秘密の?観察場所」は有るのだが、他にも無いかとあれこれ探して発見。『晩秋にヤドリギの下に居れば、レンジャクが見られるかも・・・。』という会話など。

○小生が今回参加した目的の一つは、中部電力から「送電線に掛かるニセアカシアの木を伐採させてほしい」との要請があったため、その確認。根元からは赤テープ、枝伐採は青テープ。もともとニセアカシアは伐採進行中だったので快諾してあり、青テープも根元からどうぞと申し出。山荘の空がますますスッキリ明るくなる模様。

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○テラスにリスが突然やってきたので喜びあり。人が居ない時はいろいろやってきているのかも。もともとヤマネのゴールデンスペースでもあるし・・・。そこで鳥は如何にと餌を撒いたところ30分くらいで鳥が飛来。数種類。アカゲラもいた。以前に山荘の板壁に穴をあけた仲間かも。ま、なんであれ、それらの生き物の来訪は、心躍る。

○こんどの正月には一家5人でお節料理を持って来訪かも。新年はあの高島城から富士を観る。初詣は諏訪大社。夜は恒例の百人一首か・・・。

別件で作業班系では、2011年の2月に、第三作業班の餅つき企画が予定されている。

 

 

 

谷中「鳥よし」

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12月3日夜、谷中「鳥よし」で第一作業班の宴会が行われた。"気の張らない飲み企画"という名目での一足早い忘年会。第一作業班は、別名が食事班、食い物に根性を入れて取り組むチームなので、今回も店選びは真剣。結果、Y賄い班員秘蔵の「鳥よし」となった次第。ホントは余り人には教えたくない店なのだそうな・・・。

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事前やりとりでは「鮟鱇鍋」か「河豚鍋」かで一騒動あったが、両方を2人前づつということで安易決着。予約席には、店のご主人が修行中(といっても、もう10年)の勘亭流の札も置かれ、風情いや増すなり。

名前.JPG メインの前にカニサラダやニラ玉などを頼んだが、このニラ玉が他店とは全く違う、ひと仕事してある絶品で、思わず追加、追加と。

鮟鱇も新鮮で、いささかトラウマのある庵主老人もアンキモをちょいと食べて納得。他の人からも箸が出たが、K予備役班員(鮟鱇鍋担当)から、必死の待ったがかかる一席だった。

店までの道順が判らず手数のかかったN作業主任、やや遅れて参加のT嬢、そしてともかく食うことに専念するN親方ともども、ラストの雑炊まで大満足の宴会となった。  「鳥よし」は名店なり。                             本来この店は店内禁煙だが(今や日本の常識)、最後のほうでは店のご主人が灰皿をすっと出してくれて、何故かご機嫌だったのも印象的。   

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二次会。谷中をそぞろ散策しながら、すでにY&Kコンビが目をつけてあったらしい店へ。ここで例によってN作業主任が睡眠タイムとなり、T嬢ともども早帰り。夜が更ける。しかして、始まりの頃は『腹がグルグルしてイマイチだ』と言っていた庵主老人が、K予備役班員からもらった富山の整腹薬が効いたのか、元気あふれ、三次会を所望。

第一作業班の源流である「今R阿呆の会」の話など延々と。さらに夜が更ける。この"爺さんのあと引き酒"に付き合った面々には、ちょいと迷惑だったかも。深謝。

『せめて、少なくとも夏の蓼科だけは・・・』というK予備役班員のセリフで散会。庵主老人は帰宅して御礼メールを発信したのが午前2時25分だった。そのあと老人は「ドラ焼き」を食うという暴挙に出て、さらに続きが・・・。家人から夜9時過ぎに『一班の方に日ごろのお礼の意味で、自宅にお呼びしお茶を差し上げたい。来春2月か3月に・・・。』というメールが入っていたのに気付き、その家庭内返信をしたのが、2時49分だった。

第一作業班は山荘歴史の源流なれば、庵主老人を高揚させかつ狂わせるという顛末なり。

では再見。