2010年8月アーカイブ

ペンキ第二弾...完成へ

8月20日~22日にかけて、第二作業班・第三作業班合同の「ペンキ第二弾」企画が行われた。17日に帰京した小生は、山荘へトンボ帰り?

二班フルメンバー6人に加え、助っ人名目の三班から9人。多分山荘記録を1~2人更新の大部隊。削り作業も手馴れた感じで前進、三班の一部は下草刈りと伐採1本に挑んだ。

削り始動.JPG

伐採班.JPG

食事。昼は二班料理担当によるミート&スパゲッティ。大好評でお代わり続出。夜は三班シェフ担当で多品種&大量、しかも和風2次会付きという『これでもか饗宴』の趣き。特筆はインペリアルカマドの挑戦。マニュアル熟読?し、実際加熱をやったことでカマドの特性が判りかけてきた。次回は使いこなせそう。新購入の角型コンロも活躍した。

○チップの煙モクモクと

カマドの煙.JPG

鳥の丸焼き.JPG

室内には16人分のテーブルセッティングをしたのだが、BBQテーブルで焼けるそばから食うという宴が始まり、ほぼ満腹で第2弾の和風料理をやっと室内で。その時既に23時前という"銀座時間"。さすがに室内宴の途次に中年はいったん眠りタイム。この時は寝ていたマジシャン・アリックがのち起き上がり、期待に応えてワンマンショー。(これが終了したのは午前2時20分ごろだった。なんと。)

宴会.JPG

眠る中年.JPG

翌22日、二班のペンキ主任Mさんが『21日に働けなかった分を含め"2度塗り"を完成させたい』との動機で早起きし、綺麗に完成へ。記念ロゴは、〔R2〕変じて今回は〔R2・3〕となった。合同企画の証。

ペンキ完成記念.JPG

上の記念写真は早帰りした三班のTシェフを除いた全員。やり遂げ喜び表情がいっぱいである。

この企画で特に庵主として印象深かったのは、二班と三班がずっと前からの知己のごとく自然に融和していたこと。帰京後に、お互いが相手方の働きぶりを誉めるメールが飛びかっていて、それはなんとも「豊かな風情」なのだった。

心を一つにして何かを成そうとするする過程が、人の振る舞いを昇華させる。そういうゆるぎない真実を見た。ちょうど高校野球も幕を閉じ、いくつかの思い出を残して、2010年の夏が終わろうとしていた・・・・。

 

追伸:3班料理主任殿⇒料理の数々は書きませんでしたので、よろしければ先の第一作業班ブログ記事のコメント(Kシェフ)の如く、思い出すまま、つれづれに。

 

 

8月12日〜14日にかけて第一作業班の2010年夏企画が挙行された。
今回参加は、N親方、N作業主任、K予備役班員、Kシェフ、そしてT嬢。常連のY賄い班員は実家孝行で今回は不参加となった。

今回趣旨は「高原の清涼をのんびり味わう」あたりであったが、そこは名にし負わばの第一作業班だけに、庵主が『物置の組立て』というお題も用意していた。銀座を12日昼に出た4人が先着、名古屋夕方発のKシェフが19時すぎ到着。
○この5人(13日朝の撮影)
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12日の夕飯は、先ず予備役班員持ち込みの神茂のはんぺんと蒲鉾、知床旅情帰りのT嬢の土産の北海シマ海老、イクラなど。これに「3.6.9分理論」の大根おろし、削りたての鰹節などが加わり、絶品の酒肴となった。(親方持参の有名豚は、翌日回しに。)
メインは、和久伝の「鱧と野菜の彩り鍋」。これを有次の打ち出し鍋で調理していただく。仕合せな時間の流れ。
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Kシェフはこの夜以降、随所で技を発揮。ついでに「炭水化物ダイエット」なるものの蘊蓄も披露。
この夜はペルセウス流星群の大接近夜であったが、あいにく曇り。それとは別にN作業主任が「最高最低温度記録計」なるものを屋外に設置して、蓼科の冷涼を計器でも確かめたい意向だったが、話題集中せず。これは体感でも十分で「鍋がちょうど良い」くらいのアナログ表現の勝利というか.....。N主任はかつて「鳥寄せ」に執着したものだが、今回はその熱意が薄らいでいた模様。でもまあ、色々楽しませてくれる御仁なり。

翌日13日、一足先に帰京するT嬢の為に昼からダッジオーブン鍋。根菜に、鳥と厚ベーコン添え。第三作業班料理の進化テスト系。これはともかく根菜がめっぽう旨い料理なのだが、肉の味が加わってそれはまたそれでの旨味凝縮ものなり。
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さて物置きの組み立て。
これはかつての、第一作業班の原点となった「スチール本棚の組立てによる"欄ズレ"騒動」のリベンジ企画なり。
先ず自発的に予備役班員はが、部品(とりわけネジ類)を隙間から落とさない為の作業スペースを仕上げたのは流石、年の功?  作業では先に土台部分の水平化をやったが、そこは年期が違うとばかり手製のダンパーですいすいと完了。呼吸がぴったり。PICT0105.JPG

このあとの組立てはKシェフも参加して存外にスムーズに完了した。(欄ズレ1回をN主任がやってしまったのはご愛嬌。)
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「屋根に乗って万歳」こそやらなかったが、完成後の満足そうな写真がすべてを物語っている。
こうして第一作業班は、背筋に過度の負荷作業は遠慮する世代になったとは言え、先達の味を示したのであった。
庵主としては屋内戸袋がすっきりし、この物置に炭とかも置けるようにもなりで、嬉しい完成となった。

夕方から夜、各人読書、風呂などのんびり。蓼科高原的振る舞い。
夜、ぼんやりと飲んで.....。

「10年の歳月がこのチームをつくっている」という想いを強くした夏企画だった。





2010年夏、ゴルフな人たち

広研蓼科のあとにも、ゴルフな人たちの来訪が3組あった。
その1.は枝沢夫妻&M物産の杉山さん。アステルの流れで。
その2.は江口さんと田畑さん。宴ゴルフの流れで。
その3.「ハグレ組」なる諸人。山下崇文さん、清水行雄さん。榊さん&日高さん&佐久間さん&泉水さんの同期組、そしてT社の森谷さん。ハグレはゴルフ後にゴミロードと小川への道の簡単な草刈りをやったが、軽作業ながら「腰が痛い」「農業の人の大変さが判る」などなど感想。→帰京後にそのうちに一人のSさんから『つくづく作業班の人達の偉大さに驚嘆します』とメールあり。
やはり「蓼科山荘作業班」というのは世間知を超えた存在なのかもしれない。

○枝沢夫妻&杉山さん
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○江口さんと田畑さん
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○ハグレ組前泊
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○ゴミロードの草刈り
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この夏の蓼科ゴルフがすべて終了した8月8日、ゴルフ場のフロントから「生嶋さん、お疲れさまでした。」と犒われる始末。
一人になったその夕方は、さすがに心身のけだるい疲労があって、楽しみにしていた本も読まず。眠るのみの時間へ。

前にも書いたけれど、たくさん「読書の時間」が提供されている状況だと、意外と本は「寝る前のちょっと.....。」になりがち。少なくとも小生の場合は。
「欲望は、飢餓によってこそ生ずる」ということだろう。
よしなしごとはさておき、これから12日に第一作業班の来訪までのしばし、
「ごろんとして高校野球&夜ちょいと本」の時間へ。

掉尾を飾る第一で謂えば、今、パソコンに「12日からのこと」なるメールが乱舞状態なり。

さて、ゴルフ組が帰ると何故か雨。
本日もそのならいで、雨の音が山林の静かさを際立たせている。