秋の色

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遅まきながらのW大同期が昨日帰京。
山荘は、はや秋の気配。
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週末は総選挙。その喧噪の結末は山荘TVで観ることになろうか。
そんななか、20年前の8月のバルト3国の『人間の鎖』や、ハンガリーの『ヨーロッパピクニッック計画』を思い出す。すぐ続いて起ったベルリンの壁の崩壊.....。

例えば『人間の鎖』は文字通り命がけの体制への戦いだった。静かなしかし決然とした行い。自らと家族とを懸けた戦いの1票を200万人が投じて手をつなぎ、600キロ以上も続く人間の鎖となった。

翻って我が島国は、今度の総選挙がいかなる結果になろうとも、お天道様も米の飯も言語も宗教も習俗も、何も変わらないという「安全圏」にいる。政治がワイドショーになってしまうのも道理である。命掛けの1票というのも、まず無い。

こんどの総選挙の結果として生まれる体制は、その日から即、ワイドショーの好餌となる。自らが太らせた餌に食いつくコメンテーターの顔が浮かぶ。同意して快哉し野次を飛ばす我ら。マスコミのレベルは我らのレベルなり。

しかし、しかし.....。我々だって誇らしい政治を夢見る権利(同義で義務)があるわけだ。そういう期待、そういう希求、そういう決意。この国の状況から、どこまでいっても『人間の鎖』の人たちには及ばないものがあるにせよの希求と決意。
こんどの政治体制の崩壊のあとに、ほんとにRESPECTされる若き政治家が登場してくるのを老生は心から待っている。

蓼科の秋は、冬を告げ、さらにやがて来る春を告げている。
日本の「政治の秋」も、それは次に冬到来であるにせよ、やがて来る春を待つものでありたいわけだ。

蓼科秋色のなかで、とりとめなき想い。
庭では、命の限りと、蝉の声。




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